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アイテム詳細

一志 治夫

新潮社

カテゴリー:Book

セールスランキング:38753

税込価格:¥ 1,470  (定価:¥ 1,470)

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発売日:2006-11-29

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カスタマーレビュー

ちょっと切ない 鮨 紀行  (2008-07-11)
これは単なるグルメ本の類ではない。“鮨”を通して、昨今の環境問題、消費行動、伝統継承を質したノンフィクションだ。

著者の“食の冒険”の旅は下目黒の「寿司いずみ」の暖簾をくぐった所から始まる。親方の佐藤衛司氏に誘われ、親方の話を聞き、旅をし、漁師、仲買人、杜氏、酢の醸造元らの話を聞き、食べる。“支店長”と呼ばれる地方から下目黒へ参詣する常連客が、人間関係を紡いでいき、新たな食材の旅へと繋がる。この動作を繰り返した2年間が結晶として記されている。

現代鮨屋の流派の分析や、ねた元の漁師や酒蔵の杜氏を訪れる紀行文も楽しいが、やはり何と言っても、この本の最大の魅力は「第四章 師走、目黒の夜」に尽きる。外からお店の様子を描写しながら入っていく。店の中の様子も然りだ。親方が出てきた。ここからは全て、親方の口上が14ページに渡って書かれている。フォントも明朝体から変わっているので、親方の口上だということが見るだけでも判る。お客に話す口上と、従業員にべらんめぇで指示する口調が混在しているのが、また何とも楽しい。予約を入れて、フォーマルウエアを着て、大枚叩き、満を持して良い鮨屋へ行った時の緊張感と満足感が読み終えたあと味わえる。

鮨は元々庶民的な食べ物…、鮨を食べるのに、いちいち蘊蓄(うんちく)はいらない…等々のご批判をされる諸兄もおられる一方、自ら全国各地、脚で生きた情報を仕入れ研鑽を積まれた“親方”の精魂込めた解説は、それだけでも鮨という食文化に深みを与え、日本人に生まれた喜び、汚染された海を憂える気持ち、職人気質がホンモノを守っている事実を気づかせてくれる。

もう、食べられないのかしら…とちょっと悲しい気持ちが胸をよぎりつつ読み終える。ならば、しょうがない。また4章を読んで目で味わおう。

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読み応え十分  (2007-04-16)
筆者は鮨を通して日本の食文化の奥深さと、それらが文字通り“失われゆく”ことに深い洞察をかけています。
職人や仲買人、そして生産者や漁師達が情熱をかけ鮨という職の芸術を作り上げていく過程を決して薄っぺらでない文章で読ませてくれます。公共事業への批判なども含め、数多くのマンガでも取り上げられた題材ではあるのですが、数々のノンフィクションをものにしてきた作者の手にかかると素晴らしい読み物になります。まさしくそれは鮨職人の主人公の技と繋がるところです。
惜しむらくは表紙カバー以外に“佐藤の鮨”を伝える写真がほとんど掲載されていないことで、それは作者や店の意図したところであるのかも知れませんが、内容を伝えるには画竜点睛を欠いています。具象的な写真はかえって読者のイマジネーションを妨げるということかも知れませんが、なかに出てくる「お品書き」がすごすぎて全体が見られないことに多少の不満が… それで星4つです。

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美味しさを楽しみ続けるには、ちょっとの我慢  (2007-01-26)
目黒の鮨屋の親方佐藤衛司との彼の鮨に惚れこんだ一志は、
佐藤の鮨、広くは食への執着を追いかける。
取材の対象は佐藤の情熱の向かう場所、情熱をぶつける人たち、
佐藤に負けない情熱を持つ人たち。
市場に始まり漁場、米屋、酒屋、味噌屋と広がる。漁師であり、職人であり、生産者。

読むだけで食指が動くが、
一方気になったのは、行く先々で最前線の男達が口を揃えるていう言葉。

「魚(貝)が減っている」

理由を問うと大抵は「捕りすぎ」となる。

目先の生活のためにはそうせざるを得なかったケースもある。
しかしこれでは現場の人たちが共倒れしてしまう。
この現場の苦悩は後に消費者である我々にやってくる。
消費者である我々が求めた結果でもある。
安く美味しく食べられたものが食せなくなってしまう。
美味しい貝や若布の味噌汁が食べられなくなるかもしれない。

日本の素晴らしい食文化を継続して味わうには「ちょっとの我慢」が
必要なのだと思う。

それにしても鮨を食べたくなる。

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200年の到達点  (2007-01-24)
一切の妥協を許さず最高の素材で鮨を提供する職人(目黒の親方)に付き添い、全国各地へ仕入れ行脚を重ねる。
自然環境と業界環境がともに刻々と変化しており、最高の魚介類の仕入れは年々難しくなっている。
弾圧のなかでも静かに信仰を護持する宗教家のように、親方の拘りはともすれば「何もそこまで」と言われかねない凄みがある。
著者は、庶民の食べ物として生まれ、時間の中で独自の芸術様式へと昇華した江戸前鮨200年の歴史の、一つの到達点として親方の鮨を記録しようとしており、その試みは成功していると思う。
いい鮨は高い。高い価格に納得して支払う食べ手がいるから鮨屋が商業として成立・発展している。
本書に登場する本物とされる鮨屋が、食べ手を失い商売にならなければ滅びるか、もしくは保護されるべき伝統文化としてダイナミズムを失いつつ延命するしかない。
つまり一席で数万円の鮨を食べる人々の存在と彼らの味覚が、鮨文化の命運を握っていると言える。
本書には食べ手側の変化や鮨店の商業論はほとんど登場しない。
著者の探求が単なるグルメスノビズムではないのであれば、日本人の食文化の一部としての鮨論、ビジネスとしての鮨屋論も、今後展開されることを期待したい。

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鮨を喰うということは、「命」を頂くことである。  (2006-11-30)
これはグルメ本でも、「鮨」にありがちな高級店の評論でもない。真摯に「鮨」と向き合い、「鮨」を通じて人間、社会、環境を描いたノンフィクションだ。鮨好きの著者は、ある時こぢんまりとした鮨屋を発見した。銀座でも築地でもなく目黒のとある住宅街にひっそりとあるという。そこで出会ったものは、今までの概念を一瞬にして覆すような「世界一幸福な食事」。その店の親方と鮨に魅了された著者は、その鮨の秘密と技、哲学を知るべく、日本各地へ旅に出た。北は利尻、南は奥志摩。親方が仕入れる魚、貝、それを生み出す人々を自分の目で確かめるために、現地取材を繰り返した。そこで聞く漁師や生産者の話には共通項があった。それは食材へのこだわり、愛情、食の哲学。更には、海洋汚染など食材をとりまく危機的状況だ。また海の命を後先考えずに根こそぎ奪う漁業者達の存在もある。親方のこだわりは鮨ダネの海産物だけではない。米、酢、酒、氷など全ての食材は、徹底して選び抜いた本物であり、それら生産者の熱い情熱は狂気でもある。それはただ単に「食べるもの」を作るという考えを遥かに超え、命である食材を丁寧に扱い、最高の良さを引き出した上で、客に美味しく出すことまでが考えられている。そして最高の食材を余すことなく、感謝の心を持って、丁寧に愛情を込めて料理をするのが、この親方なのだという。江戸っ子である親方のこだわりと人情は、忘れかけられている日本人の魂の様にも感じる。食材の命を大切にし、食の重要さを説く。その哲学と心意気には恐れ入った。おりしも最近マグロ漁獲高を巡る議論がなされているが、「マグロ大国日本」には死活問題だろう。しかし問題はマグロだけではなく、いまや全ての魚介類が危険にさらされている。そういった意味でも、「鮨」を通じて環境問題までをも掘り下げ、同時に「食育」についても訴えるこの本は、非常に貴重だろう。著者の先見の明に敬服。

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