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新潮社
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カスタマーレビュー ![]()
崩れ落ちる自信
(2008-08-24)
潜在している反社会的な犯罪性が、日常に隣在していてもおかしくないという恐怖。
様々なおぞましさがネットという冷たい媒体を通じて、無情に好奇の目に晒され流布していく現実。
人間の幸福が遺伝と環境で先天的なものとして定められているはずだ、という冷徹な定理。
それを否定し死守することこそが「幸福でなさそうな人間」の存在意義なのか。
表面的な幸福に満足できず、孤独なうちに自分の生きる意義を真面目に追及するとどうなるか。
不気味な【悪魔】が自分に内在しているものではないかと考えたときの戦慄。
自分が寄り立つものの幸福や価値が、まやかしやヘラヘラした偽善で
成立させられているだけの空虚なものではないかと考えさせられた時に、
この話が思い出される気がする。

決壊を読んで・・・
(2008-08-21)
幻想とはここではないどこかできっと存在しているはずだが、永久に実感することのできない不在のことだ。近代が産み落とした「家族制度」と「幸福」という幻想、その崩壊をこの小説は描いている。もはや形骸化した「家族」の中で、あたかもそうするのが当然であり、それを演じることが「=幸福」であるかのように、父、母、兄、弟・・・といった「役」を登場人物達は演じようとするが、演じ切れない。陳腐化したOSに互換性のないソフトをインストールするかのように当然「家族」は機能せず、徐々に崩壊していく。個々の単位である「家族」の崩壊は、コンピュータウィルスのようにシステムの隙をつく「悪魔」(制度下で抑圧されていた遍在する悪意)の顕在化を招き、「家族」の集合である「社会」という巨大なネットワーク自体のシステムダウン(決壊)へと連鎖していく。
表現も人物描写も巧みであり、原稿用紙の空白を埋めるためのペダンチックなギミックもよしとしよう。しかし飽き飽きするほどにこの類のニュースが日々溢れる中で、この小説もやはり、それを小説という形で表現し、反復させただけで、この繰り返される退屈さから逃れるだけの「ズレ」がなかった。それとも、今更「文学」にそこまで期待することはもはや酷なのだろうか・・・。ついでに言うとこのインクまみれの装丁は迷惑以外の何物でもない、特に夏場は。本を読んだあとはよく手を洗いましょう。

コメント
(2008-08-19)
(『稲中卓球部』の著者でもある)古谷実のコミック作品の『ヒミズ』に、「バカがバカを殺す…それでいいじゃないか……」という決定的な(致死的な)言葉がある。「遺伝と環境」による(より正確にはそれを不可侵な因果性=「運命」とする科学による)無際限の階層序列化のプロセスに組み込まれた個々人の生存においては、他者の呼びかけに対する応答可能性は空無化する。そのような個人の生存は、余すところなく完璧に対象化されてしまうという意味において、生活世界における居場所と足場を失う。ここで上述の引用を敷衍すれば、このように完璧に対象化され、生活世界における居場所と足場を失った者、それは「バカ」と呼ばれるほかないということ、そして今や我々一人ひとりが、この「バカ」に他ならないということ、さらに、このような状況における我々一人ひとりの生存は、お互いの存在を抹消し合うことで自滅に向かうほかないということ、それが『決壊』に描かれている、「世界」を失った<世界>である。作中の「崇」による「遺伝と環境」の決定論の単純さを批判することはたやすいかもしれない。だが、そうすることは同時に、奇妙にも能天気な行為となってしまうだろう---
先日読んだ桐野夏生の『メタボラ』と共に、人によっては致命的な落ち込みから立ち直れないであろう触発が期待できる。であるから、現代がまさにこの人を落ち込ませる触発あるいは衝撃を回避し予防的に排除する装置を(たとえそれが見せ掛けであっても)構築しているのは理解できる。

面白いが難しい
(2008-08-15)
上下でものすごい分厚い本。
私が絶賛している「模倣犯」とどっちが面白いか…というとやはり一気に読ませるという面では「模倣犯」に軍配を上げたい。
この決壊は、本当に起こってもおかしくないような現代の事件を深く取り上げられている。
ブログでしか自分の心情を告白できない父親。そのブログに気づいて、バンドル名で書き込み何かを探ろうとしている妻。その妻からの相談を受け、弟を救おうとする兄。
自分の環境があまりにも劣悪な中で育ち人間的な感情が芽生えず、自分を神と考えて無差別殺人を考え最初の犠牲者をGoogleのブログ検索で見つけ出す狂人。
自分の好きな子と付き合っている相手の携帯からその彼女の恥ずかしい写真を自分に転送し、掲示版に貼りまくってその女の子は不登校に。ばれてしまいリンチに合うのだがそのやり方が陰湿で…。なおかつそのリンチをした相手を殺さずに別の人を殺してしまう…。
もうこれでもかという殺人のシーンが描かれ、生中継中の爆破シーンなどもあり映画化すれば話題になりそうだが、とても子供は見れないという感じのストーリーになっている。
模倣犯とどこが違うのかを考えてみたら、この平野さんの方が文章に使われている単語や筋や引用が難しすぎるのだ。ダンテの神曲がどうのこうの言われても、それより早く次のシーンを…と読み飛ばしてしまいそうになる。
ただ本当に今の世の中を凝縮した感じになっており、読んでも損はないと思います。
最後の終わり方が消化不良…。

決壊を読んで
(2008-08-12)
ほとんど放心状態になってしまいました。
この物語によって語られる多数の主題は,その各々が,どれも新聞や雑誌の一面を飾るような,そんな大きなものばかりです。心の闇,残虐な犯罪,少年犯罪,報道,報道を名のるワイドショー,被害者・・・すべてが抽象的には無関係であり得ないからこそ,日常的には無関係になっている,そのようなものばかりです。
しかし,多くの人は,とりとめてそれらのことについて日常的に考えるわけではありません。おろらくそんな必要はないでしょうし,ほとんど不可能でしょう。もし,毎日そういうことに真剣に向き合ってしまえば,毎日が放心状態になってしまいます。
ところが,この小説は,日本の社会が抱える多くの問題を(それらは,次々とマスコミに取り上げられて次々と人の記憶から忘れ去られていくものですが),同時多発的に読者の顕在意識にたたきつけます。身の回りを自動的にとりまくすべてのものが,異化されます。
そういうことに無防備だと,あまりの衝撃に,思考を失います。言葉を失います。おそらくそれは,この小説にたびたび現れる,グロテスクな描写だけが理由ではないでしょう。
こうしてかろうじて感想を書くことで,その衝撃がすこしずつ和らいでゆきます。
決壊は,そういう小説です。
それでもなお,この小説を一気に通読されることをお勧めします。
足下から伸びる,一筋の微弱な光を,正面に見いだす自信があれば,の話ですが。

