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文藝春秋
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カスタマーレビュー ![]()
「知」のネットワーク
(2008-05-18)
例えば友人が新郎となる結婚式に出席したとき,新婦側の来賓席に取引先の担当者が座っていたりして,世の中の「縁」を感じることがある。
本書は,ゲーム理論という「世界を調べるためのツール」を取りあげ,それがどのような研究から生まれ,どのような分野に応用され,発展していったかを示したものである。理論そのものを詳説するよりも,それがどう使われてきたのかを研究者のエピソードなどもまじえて描くことで,理論の輪郭を浮き彫りにしようとしているようだ。各章のタイトルは「フォン・ノイマンと「ゲーム」」,「ジョン・ナッシュと「均衡」」のように,学者と提唱した鍵概念が並列されるかたちでつけられている。
驚くのはその顔ぶれの広さだ。アダム・スミスやジークムント・フロイトが取りあげられている。さらには,アイザック・アシモフやハリ・セルダンの名前までが章のタイトルに現れている。アシモフがSF小説「ファウンデーション」で,登場人物のハリ・セルダンに「心理歴史学」を論じさせたのは,ナッシュが動的均衡理論を発表する前らしいのだが,本書では両者に「見えざる手」以来の通底する考え方を見いだしている。その流れは「ネットワーク理論」などにまで連なっているという。
それにしても随分奔放な取り合わせだと思う。個人的な読書体験を書かせてもらうと,かつて銀河帝国の興亡に胸躍らせ,最近ではスモールワールドネットワークの不思議さを楽しんだ。それらは全く別のものだと端から思っていたが,数奇な人生を送った「囚人のジレンマ」の考案者のつくり出した学問で結びつけられて,一冊の本に収められているさまに,友人の結婚式で感じたような縁の不思議さを感じた。

ようやく、ゲーム理論がスタート地点に立った様ですね
(2008-03-29)
ゲーム理論の本と云えばナッシュやフォン・ノイマンを単独に扱った本だけで、通史的な一般向け解説書(しかも、ビジネス本ではない)は本書が初めてではないでしょうか?
(ブルーバックスは難し過ぎ)
正直、嬉しいです。本屋で見つけて、ペラペラめくって、即買いです。
ここ5年程ORの視点から世の流れを見てきましたが、ようやく実用的な視点からゲーム理論がスタート地点に立った様な気がします。
まだまだ数学好きの読む本というレベルを脱していないような気がするのが私には難ですが、それでも素晴らしい説得力があると思います。
ゲーム理論もそろそろ学術的な世界を抜け出して来て、普通の会社に利益をもたらしてくれて当たり前の理論だと願っています。
そんな感触を本書で掴めました。
例えば、シンプレックス法なんて実務視点から見れば、驚く事に普通の会社での認知度はマダマダなんです。
あれほどまでに強力な手法でも「学術的だから」という一言で片付けられて、なかなか実績を出さないと実務では理解してもらえないのです。
ビジネス書でゲーム理論の本が出て来たのが数年前、理系向けのこういった本が出だして、さらに実務的な内容が評価された普及本が出だして...
まだまだサラリーマンORフロンティアの課題は山積みです。
和書の参考資料は1冊を除いてたまたま全部持ってました。
まさか複雑系がゲーム理論と関係しているとは...

「我思う ゆえに 我あり」
(2008-03-23)
文系の僕にして 一気に読まされた。非常に楽しかった。
本書を読んで勉強になった点は二点ある。
一点目。
ゲームの理論は「人間が完全に合理的に判断する」という点を出発点としている。その前提で組み立てる理論は読んでいて楽しいが 一方 現実の人間は時として不合理な判断をする。
経済学でも 合理的な世界を前提として組み立てながら 現実との違いをどう解釈するかという面もある。
その意味で「そもそも人間は時として合理的ではない」という認識が得られたのだと思う。このゲームの理論で「合理的人間」を描いたことで かえって「人間は時に合理的ではない」という点が くっきりと浮かび上がった。これは 人間を理解する上で 極めて重要な発見の一つだと僕は思う。
二点目。
ゲームの理論が 進化論、物理学に援用出来るという説明には目からウロコが落ちる思いだった。
上記の通り 僕はゲームの理論は 要するに「人間の考えること」を扱うと考えてきたが その理論が 人間以外の いわば「知性を持たない組織」にも通用するという点に驚いた。これはひっくりかえすと「人間の知性」とは 特権的なものではなく 人間だけのオリジナルではないということにもなる。若しくは 「人間の考えること」とは 周りの世界での現象の一つの縮図とも思えてくる。これは かつて 「我思うゆえに我あり」と看破してきた人間として まったく新しい次元の認識につながるのではないかと いささか興奮を覚えるほどだ。
ゲームの理論とは まだ新しいツールである。その理論が僕らに何を齎してくれるのかは今後の楽しみだ。但し 直感としては 従来のばらばらと孤立してきた各種の学問に強烈な横串を刺すような理論になるような気がする。今後も ゆっくりと ゲームの理論関係を読んで行こうと強く思わされた。

ゲーム理論を俯瞰する
(2008-03-20)
フォン・ノイマンから始まったゲーム理論は、数学はもとより、経済学、人類学、心理学、
生物学、ネットワーク等あらゆるジャンルに広がっていき、豊かな実りをもたらした。
この本は、今までジャンル別に語られていたゲーム理論を俯瞰して、全学問の中で、
どのように発展してきたのか、その全体像を明らかにしようとするものだ。
一章に一人、そのジャンルを代表する天才を取り上げ、その人物像と業績を説明する。
今までにない試みであり、それは成功していると思う。
他のいわゆる入門書に比べ、表による具体的な説明は少なめ。
個別のゲーム理論を、別々に学んでいくのではなく、ゲーム理論全体を見渡してみたい、
という人には強くお薦めできます。

ゲーム理論の裾野の広がりを教えてくれる本
(2008-03-06)
人間や社会を理解する上で数学的手法がどこまで有効かは議論のあるところだと思われるが、20世紀に入って経済学あたりは物理学あたりで使われていた数学的手法をとりいれて、あっという間に数理科学の仲間入りをしてしまった。19世紀にWalrasという天才が提唱した一般均衡理論という大風呂敷は、20世紀の入って、ArrowやDebreu等の努力で精緻な数学的装いを獲得し、今では経済学で完全競争市場や独占的競争市場を分析する際に不可欠な道具立てとなっている。ゲームの理論というのは20世紀半ばに数学者のvon Neumannと経済学者のMorgensternが協力して創始したことになっていて、その著”ゲームの理論と経済行動”は経済学への応用を意識していたのだが、長い間経済学においてすら、その位置づけは明確ではなく、一部の学者の熱狂的な興味を引いたにすぎなかった。この理論が経済学のなかで市民権を獲得したことを象徴するのが、1994年のNashら3人のゲーム理論の専門家に対して与えられたノーベル経済学賞で、現在、ゲーム理論の専門家を見つけたければ、経済学部あたりに行くのがもっとも手っ取りばやいと思われる。寡占市場の分析にはNash等による非協力ゲーム理論が不可欠な道具立てとなる。最近では、ゲーム理論もすっかり裾野をひろげ、進化のような生物学あたりの事項も遺伝子間で戦われるゲームとみなして、この理論を適用するのが流行であるようである。ただし、こういう動きが本当に定着するかどうか、それとも一時的な熱狂なのかどうかは、すこし冷静に見つめる必要があることと思われるが、とりあえずはその熱狂がどういうものかを知る上で、貴重な1冊と思われる。

