美容・健康ランキング&ショッピングhome

アイテム詳細

夢野 久作

筑摩書房

カテゴリー:Book

セールスランキング:61658

(定価:¥ 998)

価格データ不明

1500円以上国内配送料無料(一部例外あり)でお届けします。

発売日:1991-12

価格はアマゾンでチェック↓↓



※「アマゾンのカートに入れる」ボタンは、この商品をアマゾンのカートに追加するものです。気になった商品をカートに追加しておき、後で購入手続きをすることができます。

ライン

この商品を買った人はこんな商品も買っています。



ライン

カスタマーレビュー

笑いの底に真実が隠されている。  (2007-09-21)
 この一冊には「犬神博士」と「超人鬚野博士」の二作品が収められている。
 別の作品でありながらも連作のように思え、更にはそれが何の違和感をも抱かずに読み次ぐことができるから不思議だ。

 おもしろいのは、この作品に登場する人物であるが、犬神博士こと大神二瓶は「勇敢仁平」といわれた実在の大野仁平から名前を借用しているのではと思える。玄洋社の楢山到などは頭山満のことと思うが、その頭山満の盟友である奈良原到(至)の名前をもじったものだろう。
 そういう事を想像しながら読み進むと、夢野久作の周辺には話題に事欠かない人々がたくさん居たことを羨ましくも思うことがある。頭山満、大野仁平、奈良原到と夢野久作の作品である『近世怪人伝』に登場する実在の人々だからだ。

 しかし、そういった奇人、怪人もなんのその、ついついこの作品のおもしろさに引き込まれて、ページをめくる時間が到来するのが待ち遠しかった。
 赤坂憲雄氏も書いておられるが、宮本常一の『忘れられた日本人』を彷彿とさせるものだった。旅芸人の偽の親子が村から村、街から街へとわずかな銭を稼ぐために旅をする光景は古い古い、日本の風景として浮かび上がってくる。

 ストーリーとして楽しむこともでき、社会の問題として捉えることもでき、そして、もはや歴史の背景として読み解くこともできる作品である。
 が、しかし、眉間に皺をたてずに楽しく読んでこそ夢野久作の作品と思える。

ライン

天声童語  (2007-03-02)
昭和6年(1931年)、福岡日日新聞(九州日報と共に西日本新聞の前身)に連載された著者唯一の新聞連載作品「犬神博士」に後半は中篇「超人鬚野博士」を収録。この「犬神博士」、後書きの解説に拠れば連載打ち切りになった作品で未完なのだが打ち切りになったからと言って駄作などでは無い。主人公の7歳の女装の旅回り芸人の少年の言葉を媒介して当時の世相をまさしく「ぶった斬る」といった要素を多分に持っている。子供の言う事なのでこまっしゃくれていて、読んでいて吹き出しそうになるぐらい面白おかしく、それでいて社会、人間を痛烈に批判する。そして聞く者の心理を苦笑いから落語を聞いた後の様なお気楽な爆笑に転化する。まあ新聞記者だった夢野久作の反骨精神を紙面に躍らせる為の隠れ蓑として子供の言い分として使っている。別に作者は思想家でも諸々の運動家でも無い文化人なのでこの姿勢は別に卑怯でも庶民的痛快感があり良いですね。筑豊炭田の利権をめぐり国と玄洋社の対立する直方の町が舞台。福岡は作者の故郷でもあり夢野の父親は玄洋社系政界の黒幕と言われた巨人・杉山重丸。この作品では玄洋社側が人民の味方の様に描かれている。偽名の玄洋社長の楢山至とは誰であろう。杉山の師匠でもあり玄洋社を設立した頭山満をモデルに後に民権から国権に転化した頭山を批判している様にも見える。掲載された民権の福岡日日新聞は頭山の作った国権の九州日報の敵対誌だがそれからも含意あっての内容であるとも言えるが、父親に「夢の久作」と言われた作者(夢の久作とは故郷の方言で夢想家という意味)、久作の父親に対する幼少期から続く不満の意味合い、もっと推察すればさらに深い歪んだ愛情なども込められていたかもしれないが、民意に添う描き方である事は間違いない。当時の世相や風俗を知る意味で一級品の資料にもなり、作者の何か心の深い部分までも垣間見れる様な非常に意味深い作品である。

ライン

子供が神になる時  (2003-04-27)
夢野久作未完の長篇と、その続編とも取れる中編が収録されています。育ての親にひどい扱いを受け乍ら、日々路傍で踊りを披露する生活を送る子供チィ(=小さい頃の犬神博士)は、自分の性が男か女かも知りません。それが或る時福岡の芸者さんに目をかけられたことから、その背後についている親分さんのツテで県知事ドノにも引き合わされ、一旦は両親に連れられてそこを逃げ出したものの、やがて何時の間にか筑豊の炭坑を巡って直方の町を二分する血なまぐさい争いの中心に巻き込まれていきます。

 純粋な気持ちで当たり前の行動を取っているだけの筈の主人公が、周囲の大人達の眼差しによってあれよあれよと何故か忠孝者と誉め上げられたり、「神様のおつかわしめ」だの「幻魔術使い」だのと畏れられたり、バクチの天才や大悪党呼ばわりをされたりと、そのギャップの滑稽さとグロテスクさが、一種幻妖な「神の誕生劇」を演出してゆきます。

 この、明確だけれども掴み所のないチィと云うキャラクターの造型の魅力は、夢野作品の中でも群を抜いていて、神代の昔、果たして神々はこんな具合にして生まれていったのではないか知らんと思わせる様な、土骨にググッとクル不可思議な説得力を持っています。コントンとした当時の風俗描写も素晴らしく、夢野ワールドはちょっと苦手だ、と云う人にも自信を持ってお薦め出来る、繰り返し読みたくなる傑作です。

ライン
ライン