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筑摩書房
カテゴリー:Book
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発売日:2005-03-08
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カスタマーレビュー ![]()
学生向けの本
(2008-07-30)
教育を考える視点を与えてくれる本です。著者は二人とも教育現場の実践についてはあまり知識が無いようです。例えば、「集団作り」や「国語教育」について、ここに書かれているようなことは現場ではすでに多くの実践があります。
このことを念頭に置いていただけるなら、教師以外の人には薦めたい本です。

「学ぶことの意味」を深く考える
(2007-05-14)
本書は、教育学者苅谷剛彦と哲学者西研との対談が主である。
なぜ学ぶのか、自由な考えと知識は共存できるか、わかるとはどういうことか、などを話し合っていく。
二人とも、徳目主義を批判し、いかにして社会を作っていくかを考えるべきとしている。
こういう視点は、当たり前ながらなかなか出来ていない気がする。
教育論議をするならば、一度は目を通しておきたい。
ただ、わりと見たことのあるような論も多く、読んだあとに強く印象に残らなかったので星1つ減点させていただいた。
しかし、別に読んで損な本ではない。

考えあうことと、徳目教育
(2005-05-05)
共に生き、お互いの共存を認めるために考えあう技術が必要。
これに対立する考えかたとして、個人はこうあるべきだとか、こうすればお互い住みやすいよい社会ができますという、個人の「徳」を高める教育を挙げている。
そういえば、運転するときにも徳を積むという「積徳運転」なる看板が目立った県があったっけ。
善い人同士でも、お互いがそれなりに理にかなったことをいっていても、対立は存在する。知りたいのは、どうやったらこの対立を乗り越えることができるかなのに、「みんなで仲良く」というアドバイスがなされたりする。これでは何の意味もない。子供ですらこのことはわかっている。結局感情を暴力でしか表現できなくなったりする。
学校が、過ちのリスクが少なく試行が許された環境でありその試行にあたって暖かいアドバイスやフィードバックがもらえる環境であるべきだという主張に同感する。
また、憶えるべき知識を教えるときに、なぜその知識が生まれたかを追体験させたり、教科書問題をそのまま授業の題材として、どうして歴史観が対立するのかその対立が何を生むのかを考えさせる、というアイデアも同感。
自由な思考と知識の共有。「わかる」を掘り下げる。「感動」を共有できるか。など、興味を引く内容が多い。

学校教育がこうなってしまった流れがわかる
(2005-04-10)
学力低下、算数離れ、箇条書き文章といった教育の問題。このようになった原因と当時の雰囲気等をよく分析している対談。教育の仕組みと生徒が理解する過程とを、教育を専門とする立場と社会学を専門とする立場から論じている。
若干哲学的になりすぎた部分では読み進みにくいが、なるほどと思わせる部分が多かった。
例えば「身近な実例にその概念をあてはめて納得させること」を実践させるのは教師である。しかしそのような「指導書」はないし、そういった教育を受けたことのない教師にそれを実践させることは難しいのかもしれない。
日本の学校教育には多様性が少ない、あるいはその余地が少ないことが問題なのかもしれない。

「社会を構成するための力能」のための教育という視点
(2005-04-04)
本書は、教育の役割を徳目主義や単純に知識や問題解決にのみ求めることに帰するのではなく、あくまでリベラリズムの観点から「自由で公正な社会を構成するための力能」を身につけさせるため、具体例としては「ルール改変、創出の能力」であるとする。前提として知識の習得や基本的な学習を決して軽視していない。
これは大変重要なことである。現在、いわゆる「ゆとり教育」(もっともこの政策も、決して子供に楽をさせようという意図ではなかったことは認識しておく必要がある。この政策をきちんと理解せず、ただ各論のみを取り上げて反対するのはナンセンスだ)への反動から、ただ教科書を厚くするとか、知識を増やすとか、時間を増やすといった方向で教育をめぐる議論がなされている感がある。しかし、学校とは、もちろん第一義的には基本的な勉強を教える場ではあるが、それだけではない。社会へでる練習の場として、現在国民が承認している社会というゲームへ参加するための訓練の場でもある。この点を把握した上で、教育でなにをするのか、のグランドデザインから議論しないと、長期的に見た時にこの国の未来は危ういだろう。
示唆的な本である。ただ、話が哲学方面へ傾いているのでやや読みづらい方もおられるかもしれない。

