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宮崎 学

アスコム

カテゴリー:Book

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税込価格:¥ 1,680  (定価:¥ 1,680)

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発売日:2007-03

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カスタマーレビュー

右翼団体のダイジェスト紹介本  (2007-11-10)
 右翼について初心者の読者向けに、著者選抜右翼団体の基本的な考え方や活動内容が分かるガイド的書籍。
 「一水会は右翼なんだろうか?」と常々思っていたが、少数ながら同じように“国体”ではなく、“国に住む人”を主体にした右翼もあると本書で発見した。

 商法改正で企業から援助してもらえなくなって大変な右翼の話を、どの団体も他人事のように話しているが、当事者団体ややくざと同じ母体の右翼も取材し、突っ込んで欲しかった。

 北方領土の場所を、小遣いをもらいにいった先の企業の総務に訊かれ、「千島の向こう」と答えた右翼のエピソードには笑えた。

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右翼団体の概要が把握できる  (2007-07-22)
宮崎氏が15の右翼団体のトップとの対談し纏めてある。
宮崎氏質問は、加藤紘一氏の実家が放火された件やネット右翼の台頭について、をベースに対米・対亜細亜戦略等多岐に亘り中々面白かった。

右翼団体というと、イメージ的に大響音を伴う街宣活動や企業からの献金集金等、ややダーティーなイメージを持っていたが、商法改正で企業からの献金が禁止される中で、街宣活動を行わない団体も多いなど実態は実に様々なのが分かった(このため多くの団体は資金不足に陥っている)。ただ、残念なのはページの制約があってか各団体に割かれているスペースが極めて少ない点。

読了後は宮崎氏があとがきで主張しているように、デオドラントな社会より右翼もいる明るい社会も方が実は健全なのではないか、といった考えを持つに至った。テロ(例えば今回の加藤紘一氏の実家が放火)は許されない行為なのは、当然と思うが、こうした右翼団体を排除すれば問題が解決するといった考えは安易過ぎる気がした。

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右翼と新保守主義の非親和性描出の試みだが, 2007/6/26  (2007-06-26)
かつて猪野健治は「左翼とは違い、右翼には血が通っている」と言った。たしかに、体系的な規範を希求する左翼とは違い、右翼は義理・人情を行動規範に据える。理論よりも人と人とのつながりを重視する傾向にある、と言えるかもしれない。
本書は、いわゆる新右翼でもなく、ネット右翼でもなく、「伝統的」に存在する民族派右翼のインタビュー集である。そこで語られる言葉すべてに通底するのはやはり「義理・人情−やむにやまれなさ」である。
行動規範は社会的な規範・対抗軸とかみ合う限りにおいて、「時代精神」として現出する。戦前の北一輝はやはり時代精神であった。しかし、現在の民族派はどうなのだろうか。「義理・人情−やむにやまれなさ」以外は、意見や時代のとらえかたがてんでバラバラで、「現在」に対するこれといった共通の問題関心がないように読みとれる。それ自体が民族派右翼の「危機」をあらわしているのかもしれない。
宮崎氏は、右翼運動のなかにある種の「アナキズム性」を見いだし、教条主義的な新保守主義との違いを際立たせようと試みている。図式的だが、重要な指摘だ。市民社会批判の梃子として右翼のレゾン・デートルを見いだそうとしている。
彼の問題意識はよくかるが、でも、インタビューそのものからそれを見いだすのはいささか無理があるように思える。空振りではないか?

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政治行為全般への警鐘の書  (2007-06-12)
宮崎氏はインタビューを通じて右翼の内在的論理を引き出す。そして、各団体・各個人において様々な差異を引き出す。端的に現れるのは加藤紘一氏の実家放火事件に関するインタビューだ。言語道断という右翼の少数派の見解から、心情を理解する多数派、断固擁護する者まで。右翼はかように多様である。しかし、その論理を理由に言論レベルでの相互批判はおおっぴらには行なわない。文句を言うなら行動で示す。そして、自らが採らない論理や行為にも根拠があることを知る。

また、右翼は戦後反共で一致し、政財界に利用されてきた歴史があるが、共産主義壊滅の今、存在理由が問われ、戦前の理念に回帰せざるを得ないことも示される。その一つはアジア主義であり、その精神は相互扶助である。戦前権力者はその精神を絡め取り、日中戦争、大東亜戦争に流し込まれた戦前右翼の敗北の歴史を考えれば、右翼は権力と鋭く対峙する存在であろう。その自覚がある組織も、ない組織もある。いずれによせ、権力の紐付きでは右翼は立ち行かなくなるであろう。デオドラントな「市民」ではなく庶民に受け入れられないといけないのではないか。その努力も始まっているようだ。

さて、左派におそらく分類される評者として以下を書く。ビラを撒いただけで逮捕される社会に日本は成り果てた。右翼も左翼も異質として排除される社会である。同調圧力が臨界点を突破したとき、差異・異議申し立てが本質である政治行為全般が窒息するであろう。本書は、右翼の言い分を通じてそのようなデオドラント・ファシズムが跋扈する日本の政治空間そのものを撃つ書物ともなっている。本書は左翼も「敵」から学び、「敵」と共有する課題のために読む価値があると思う。

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敵がいなければ組織は衰退するという現実  (2007-03-18)
冷戦が終わり市民社会に溶け込んだ「左翼」に対して、
未だ昔と変わらないようなイメージで考えられている右翼。
その内情をちょっと聞くだけで、ごく普通の一般人には知られていない情報がたくさん。
かつて革命を掲げたゴリゴリの左翼が存在していた頃は、それに対抗する手段として、
企業から献金を受け警察ともなあなあで生きてこられた右翼の存在意義は、敵=左翼がいなくなった現在、失われつつある。
右翼=ヤクザ、怖い、恐喝などのイメージが先行している感もある。
ネットや保守壇論では、本物の右翼よりも過激な言葉が飛びかっている。
そんな昨今、右翼は何を考え、どう行動しているのか・・・
それを教えてくれる一冊です。
佐藤優らが「第一級のインテリジェンス」と太鼓判を押しているがまさにその通り。

我々は右翼についてあまりにも無知だ。
組織感で微妙な齟齬があるとすぐ殺し合いに発展する左翼(笑)と違って、
右翼は民族派という点では繋がっているが、政治的な思想はそれぞれの団体、
否、個人で微妙に異なる。そもそも一人一党という考え方ゆえに、だ。

聞き手の宮崎学はヤクザの家に生まれ、大学在学中には左翼として活動していた人間であるが、そんな無骨な経歴を持つ彼だからこそもういう問題にも物怖じせず取り組んでいけるのだろう。
全体的に右翼の内情がわかって非常に興味深いのだが、唯一宮崎学がネット右翼を一面的にとらえて、一貫して批判的な思想が見え隠れしてしまうのはどうか、と思った。
たしかに特定の団体に属して日々命を懸けて活動しているわけではないが、全員が全員、無責任で覚悟が無いわけではない。
「本物の」右翼を持ち上げるためそう書いたのかもしれないが、普通に生活しネットなどで強気な発言をする者たちの動機も、ただの憂さ晴らしだけではないかもしれない可能性を考えて欲しかった・・・というのは少々感情論に過ぎるかも知れないが。
ただ、これを読むであろう、俗に言う「ネット右翼」の中に、先述のような無責任さの自覚がある人間に、自省の意味を込めて考えさせるなら氏の言い分も説得力が生まれてくるのだろう。
この本の価値は、そういう人間にとってはさらに高いものとなると思う。

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