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作品社
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レビュー(Amazon.co.jp)
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?「生きる」ことに真摯であるということは、これほどまで波乱に満ちた人生を送るということなのか。本書は、数奇な運命をたどりつつ独自の思想を築きあげた哲学者エリック・ホッファーの自伝である。 ???7歳で失明、15歳で突然視力を回復。18歳の時に天涯孤独となり、28歳で自殺未遂。「私は死ななかった。だがその日曜日、労働者は死に、放浪者が誕生したのである」という彼は、10年に及ぶ放浪生活へ踏み出し、数々の出会いと別れを選び取りながら、劇的な生涯を送ることになる。 ???トマトの収穫、ホップ摘み、砂金発掘などの季節労働。そのかたわらで、化学、数学、鉱物学などあらゆる学問にまい進し、読書と思索を重ねていく日々。そんなある日、彼は町のレストランで大学教授と出会い、これを機にドイツ語翻訳や研究の手助けなどのアルバイトをはじめる。あまりに研究熱心な彼に、教授は研究所での職を用意してくれるのだが、「本能的にまだ落ち着くべきときではないと感じた」彼は、ふらりと季節労働者の生活へ戻ってしまうのだ。 ?「慣れ親しむことは、生の刃先を鈍らせる。おそらくこの世界において永遠のよそ者であること、他の惑星からの訪問者であることが芸術家の証なのであろう」。自己と徹底的に対峙し、自己欺瞞と戦いつづけたエリック・ホッファー。まず学ぶべきなのは「学問」そのものではなく、彼が貫いた学問への、そして、人生への「姿勢」かもしれない。(高橋美帆) |

カスタマーレビュー ![]()
かくも超越した生き様に学ぶばかり
(2008-05-31)
江上剛の小説「統治崩壊」の最終近くの会話で引用されている章句に惹かれてこの本を手にした。「沖仲仕の哲学者」と称され、40代で刮目される本を数々発表していたことに衝撃を受ける。著者は15歳で突然視力が回復してから独学で絶え間なく読書し、諸分野の大学の教科書まで読み進んだという。己の中途半端なかつての大学時代に恥じ入るのみ。40歳までは季節労働者の仕事を中心に放浪生活をしていた過去を主にエッセイ風にまとめている。労働は生活の糧を得るため、自分の仕事は読書し思索することという生き様。俗物的視点から「掃き溜めに鶴」という語句を一瞬想起し、即反省。沖仲仕の安定的生活までに出会った印象的な人びととの関わりと学びが、爽やかに淡々と描写されている。最終章の「私はこれまでの人生で不満を抱いたことは一度もない。」という書き出しに、自伝記述の背骨を感じた。自伝に書き込まれた思索の滴をこの手からこぼれ落ちないようにしたい。死後発刊のこの自伝がエリック・ホッファーとの出会いの始まり。沖仲仕の生活から生み出された著作に遡ってみようという思いが強い。

金言集
(2008-03-30)
エリック・ホッファーの次のような短文を“脳に刺さることば”として挙げている。
孤独を解決する方法
しなければならないことをしないとき、人間は孤独を感じる。能力を十全に発揮―成長―するときにのみ、人はこの世に根をおろし、くつろぐことができる。
虚栄心
われわれはおそらく自分を支持してくれる者より、自分が支持する者により大きな愛着を抱くだろう。われわれにとっては、自己利益より虚栄心のほうがはるかに重要なのだ。
永遠のよそもの
慣れ親しむことは生の刃先を鈍らせる。おそらくこの世界において永遠のよそものであること、他の惑星からの訪問者であることが芸術家の証なのであろう。
熱狂する者
われわれはほんとうに欲するものでなければ、決して満足できないし、またわれわれは自己から逃避するとき、最大の速度でもっとも遠方に逃走する。
希望ではなく勇気
自己欺瞞なくして希望はないが、勇気は理性的で、あるがままにものを見る。 ―彼の自伝の一節に希望と勇気を混同するトラック運転手と彼が論争する場面がある。彼は希望ははかなくても、勇気は生きていくために必要だと説くー
彼のエッセイの絶筆は ―権力は腐敗する。弱さもまた腐敗するー であった。偉大な哲学者に敬意を表する。

本物の「学び」とは何か
(2007-05-04)
「かくも波瀾に満ちた生涯があろうか」
帯に記されたこの書評が、本書の全てを物語っています。
7歳で視力を失い、15歳で視力を回復、その後正規の教育を受けずに職を転々とし、季節労働者としてアメリカ各地を放浪する。
これだけであれば、単に苦労人として大変な人生を歩んだね、ということになるわけですが・・・。
彼の人生を特別なものにしたのは、肉体労働の合間に図書館に通って独学で続けた読書・勉強。
そして社会の底辺で働く季節労働者たちや、その労働そのものから学び取った独自の人生哲学です。
彼の哲学は内外の哲学者、政治家、大統領などに激賞され、「沖仲仕の哲学者」として世界中の知識人に大きな影響を与えました。
エリック・ホッファーは、アメリカ史上最大の「在野の士」であったといっても過言ではありません。
その「かくも波瀾に満ちた生涯」には、全ての読者の人生観が大きく揺さぶられることでしょう。
ぜひたくさんの方に読んでいただきたい名著です。
生きていく上での本当の「学び・学習」とは何か、深く深く考えさせられます。

この人を見よ! 知識は、知識だけが、人を救う、そして知識はひとりで学ぶことができる
(2007-02-28)
若くして両親を失い、しかも7歳から15歳まで失明状態で過ごし、1920年代以後のアメリカ西部をホーボー(鉄道浮浪者)の季節労働者として働きつつ生きながら、独学で独自の社会哲学=人間学を育て、40代になってから著作家としてデビュー。壮絶というしかない、思索と試行の人生でした。本書はそんなエリック・ホッファーの自伝。ひとつひとつの章は短く読みやすく、それでいて真に驚くべき物語がかたられています。それは著者の生き方の物語であると同時に、世界史的実験だった「アメリカ」という社会の同時代史でもあり。ヨーロッパ、アジアの古い社会ではありえなかった生き方が試みられた、自由や自己責任といった概念がほんとうに問われる社会だったといえるでしょう。熟読し、間をおいて再読、三読するに値する書物ですが、興味を惹かれるのは彼のユダヤ教・ユダヤ人(および旧約的世界)への関心と尊敬。そして流浪の生活の中で彼が出会ってきた、とてつもない無名人たちの姿です。「古代の始まりからユダヤ人は、人間の顔に表れる象形文字を判読する能力に秀でていた。人間が何をしようと何を考えようと、それは顔に刻み込まれる。人間の顔はありとあらゆる秘密を明かす、開かれた本のようなものだが、それは象形文字で書かれており、それを解読できるのは一握りの人間だけである。」そしてそれができる人間のことを「ユダヤ人」と逆に定義するなら、本書は放浪によって無名人たちの顔を読み解く能力をみずから学んだ社会思想家の、自己教育の記録、ユダヤ人への転生の記録だったといえそうです。

こういう生き方もあるということ
(2006-06-22)
収穫時に合わせて場所を移動する季節労働者であったエリック・フォッファー氏は、労働の傍ら図書館に通い続け勉強を続ける。それも物理、化学、鉱物学、数学、地理、植物学を独学で身につけていく。ウェイターをしている時に知り合った大学教授に相談された「レモンの萎黄病」について硝酸塩カルシウムを使うことを提案し、実績を上げてもいる。第2次大戦以降は港湾労働者となり、10冊の書籍を著しテレビに出演もした。
どこにいて何をしていても「勉強を続けていれば」自分を含めた誰かの何かの役に立つことがあるかも知れない。そういうことを教えてくれる。
エリック・ホッファーを始めとして、ホームレスからハーバード大に行ったローラリー・サマー、癌を克服してツールドフランスで優勝したランス・アームストロングなど上を見ながら努力する人生が良いと思う。
大学時代にリゾートホテルの洗い場や浜田山にあったT平工業の飯場で数ヶ月間お世話になった。誰かさんの言う所の「貧乏な家庭のくせに大学に通った罰」ということらしい。特に浜田山の飯場では道路工事の仕事中に20歳の誕生日を迎えて感慨深いものがあるが、世間では上流と勝手に言う所らしい一部上場企業においても、これまた世間では勝手に下流と言う所であるらしいゴキブリだらけの洗い場やホコリだらけの工事現場にいても「人の嫌がることをわざとする薄汚い人間とやさしく他人に接する人間がいる」ことには変わりがなかった。
そう言えば同じ現場に東大法学部を中退して道路工事のガードマンになった方がいたかと思う。1日汗をかいて疲れて眠る。そういう人間が人間である事を肉体労働の現場では教えてくれたと別の方から伝え聞いた。1回しかない生を自分がどう選択していくかは、あくまで自分次第である。

